博多駅に降り立った日〜青春の思い出とは

1.新幹線の旅
一人旅だった。新幹線で一路博多へ。雑誌で高千穂峡の幻想的な写真を眺め、行こう!と直ぐに旅立つことを決めた。高千穂峡の水や緑の鮮やかな色やそこでボートに乗っている人々が幻想的な景色に馴染みすぎていて、夢の中のシーンのようであった。新幹線による旅は、久しぶりであった。家族で長崎に行って以来だ。ワクワクドキドキ、いいことがあるような予感がし楽しい心持ちになった。博多〜、博多〜。アナウンスが流れ博多駅に降り立った。初めて来たのに懐かしいような心持ちになった。中学生の頃、好きなバンドの切り抜きをバインダーに入れていたのだが、捨てられず時折眺めていた。甲斐バンドが、博多駅でファンと握手をしている切り抜きである。懐かしい。青春の真っ只中、武道館にコンサートに行ったものだ。ジョン・レノンが凶弾に倒れた時も甲斐バンドを観に武道館にいた。夕刊に載っていたジョン・レノン死す!という記事を楽屋で読んだ甲斐よしひろが、読んでいた新聞をビリビリに破いてしまうシーンは、衝撃的だった。ジョン・レノンの死を前に甲斐よしひろは何に怒りを滾らせただろう。ジョン・レノンの訃報を告げ歌い始めた100万ドルナイトという曲を今でも忘れることができない。劇的で哀しみばかりを爆破するような悲劇的な名曲だ。武道館から帰る道すがら、新聞が売ってないか探した。膜が張られるように隠されでもしたかのように見つからなかった。帰り着いてニュースを見たが、やはりやってなかった。聞き間違いで生きているのではないかと随分と訳の分からないことを考えたものだ。
2.博多駅
博多駅に降り立ち、様々な感慨を抱いた。青春時代から遠く離れ、一人降り立った博多駅で、一人で生きることの意味について考えていた。孤独と呼ぶばかりの執拗なストーカーとわかり合うことなどできないのだ。トカゲの尻尾を切るような形で別れを告げたバンドが甲斐バンドだ。残された尻尾を自分だけのものだと言って愛し続けることにさえ、想像以上に多くの敵がいた。敵ばかりの世界で見る美しい夢そのものが、残された尻尾である。夢を確かめに博多までやってきた。街を歩き、汁粉を食し、焼き物を購入し、うなぎを食した。喜柳という屋台へは、旅の最後の夜に行った。甲斐よしひろがラジオで昔話をする時、よく話題にしていた屋台だ。ラーメンとお酒を注文し屋台の隅に座ると、何か自分のいた世界から弾き飛ばされ、世界の果てに一人でいるような心持ちになった。酔うことで垣間見た異世界は、表の幸福な世界とは逆の暗黒だった。暗黒の最底辺に落ち込んだ者を擬人化することで、血しぶきや恐怖というものが生まれた、だか違う。人間というのは、そういうものではない。